富士山が世界遺産に選ばれたわけ

富士山信仰

富士山は、その孤高の美しさだけでなく、荒ぶる噴火により、神の住む山として畏れられ、崇められてきました。

古の人々にとって、富士山は遠くから仰ぎ見て崇拝する「遙拝」の対象であり、富士山の噴火を鎮めるために、富士山の麓に浅間神社が建立されました。
噴火活動が沈静化する平安時代後期以降、富士山は、日本古来の山岳信仰と密教等が習合した「修験道」の道場となり、「遙拝」の対象から「登拝」する山へと変化していきました。
12世紀前半には、末代上人が山頂に大日寺を築きました。また、室町時代後半になると、修験者だけでなく一般庶民も富士山に「登拝」するようになり、富士登山が次第に大衆化されていきます。
さらに、戦国時代に現れた長谷川角行が新たな富士山信仰を教義としてまとめると、その教えが、江戸時代中期に「富士講」として、関東を中心に大流行し、多くの人々が富士登山や白糸ノ滝等の霊地へ巡礼を行うようになりました。
明治時代になると女性の山頂登山も解禁となりました。

現在も、夏になると多くの登山者が、「御来光」を拝んだり、「お鉢めぐり」をするために、富士山の山頂を目指します。
登山道は、信仰の生きている証として、山麓の神社や湖などとともに、世界遺産の構成資産として登録されました。