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富士宮口

村山浅間神社(村山興法寺)

12世紀頃に富士山の噴火活動が沈静化すると、末代上人をはじめとした山中で修行する人々が現れた。これが発展し14世紀初頭には富士山における修験道が確立されていく。この中心となったのが京都の修験道本山派・聖護院門跡に所属した村山興法寺である。興法寺は境内に本堂である大日堂、末代上人を祀る大棟梁権現、そして浅間神社が中心となった修験道の寺院であったが、明治時代以降は村山浅間神社が中心となる。19世紀後半までここの修験者たちが大宮・村山口登山道を管理した。

地図
今の写真
昔の写真

明治35年(1902)8月初旬に京都探遊会の一行が行った富士登山の記念写真のひとつである(故奈木盛雄氏所蔵)。境内の大日堂前の写真であるが、中心の左側の僧行の人物は大宝院秋山法印、右側の山伏姿の人物は一行を案内している浄蓮院北畠法印であるが、ともに明治時代以降も村山興法寺の流れを汲んで活動した山伏である。